大和~飛鳥~奈良時代って、実は面白いじゃん!(竹田恒泰)

2025年12月26日金曜日

竹田恒泰

t f B! P L





竹田学校歴史入門編(1~8)、竹田恒泰の中学歴史講座(0~21)の計30本の動画、全て視聴しました。

週明けから一気にペースを上げて、クリスマスイブの夜からちょうど日にちが変わるあたりに最新動画の第21回を見終えて、清々しい気持ちというか、いいイブの過ごし方だったわ・・・と感慨深いです。

現状の月2~4本の動画公開ペースだと、2026年中には終わらないかもしれません。というか、竹田先生は高校の教科書(日本史探究?)の執筆にも取り掛かっていらっしゃるようなので、執筆優先でいいと思います。その方が世のため人のためというものです。

恥ずかしながら、大和~飛鳥~奈良の私の知識って、大和=古墳?、飛鳥=聖徳太子?、奈良=大仏?ぐらいのものでしたが、いやぁ、非常に勉強になりましたね。今回、特に以下の4人の登場人物が印象的でした。

(1)雄略天皇。中国王朝への朝貢をストップさせ、日本の国家運営の独立路線の礎を築いた。第21代の雄略天皇の在位は456~479年で、日本書紀の記述と一致する最初の天皇。

(2)聖徳太子。雄略天皇以降中止されていた中国への朝貢を再開。遣隋使を派遣するものの、あくまでも先進文化を摂取することが目的で、「朝貢すれども冊封は受けず」という対等な地位関係を目指す。冠位十二階を定めたが、儒教における「仁、義、礼、智、信」に、日本独自の徳目の「徳」を加えて、これを最上位とした。

(3)長屋王。藤原不比等の没後に政権を握る。しかし、藤原氏の恨みを買い、謀反の嫌疑をかけられ、不比等の四人の息子である藤原四子によって殺される(長屋王の変)。

(4)和気清麻呂。孝謙上皇(後継の淳仁天皇を逮捕して島流しにした後、称徳天皇として自ら再登板)が、その病気を祈祷によって治した僧侶の弓削道鏡と親密な関係になり、道鏡が政治的実権を掌握(道鏡は自らが天皇になることを目指す)。道鏡の野望を報告した清麻呂は、称徳天皇の逆鱗に触れて流罪となり、穢麻呂(きたなまろ)と改名させられる。しかし、称徳天皇の崩御の後、道鏡は追放され、清麻呂は復帰。後に、桓武天皇に重宝され、平安京への遷都を進言し、自ら建都事業に尽力した。

まず、(1)の雄略天皇は、当時中国に攻め込まれるリスクを承知で独立独歩の道を切り開いたのは素晴らしいなと。いまの日中関係を見てギャーギャー発狂している大人を思うと情けなくなります。

(2)の聖徳太子もただ単純に中国の文化をコピーしたわけじゃない。竹田先生も動画の中でおっしゃってますが、そのまま中国の制度を無批判に採り入れていたら、宦官とか纏足とかあーいうものが日本で実施されていた可能性がある。いかに大国の文化・制度であっても、日本の伝統の観点から「おかしい」と思ったものは断固拒否する。僕らの先輩って賢かったんだな・・・と。

(3)の長屋王はあまりに気の毒なんですが、彼の「呪い」がいまも生き続けているエピソードは奈良では有名みたいです。

(4)の清麻呂は、「きたなまろ」なんて名前を変えさせられた話も酷いですが、万が一道鏡が天皇になってたら皇統が途絶えているわけで、間違いなく日本の危機を救った一人。明治時代に10円札に描かれているのも納得です。それもそうですが、1万円札も聖徳太子に戻してくれよ!と思う訳ですが。

上に動画を貼りましたが、雄略天皇については、第15回「ワカタケル大王と大和時代の暮らし」。聖徳太子については、第16回「飛鳥時代と聖徳太子」。長屋王については、第19回「平城京遷都と藤原氏」。清麻呂については、第20回「聖武天皇と道鏡」と第21回「奈良時代の暮らしと天平文化」で語られています。

教科書を読まないで先に動画だけをザっと視聴してみても、個人的にこれだけ「面白い!」と刺さったポイントがあったので、皆さまも予備知識・予習無しで動画を大いに楽しめると思います。年末年始、お暇があればチェックしてみてください。

では、また明日!

Jun

フィギュアスケートランキング
フィギュアスケートランキング 

Calendar

最新のコメント

このブログを検索

ブログ アーカイブ

その他

自己紹介

QooQ