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「人とつながる」というのは相手があることなんで、とあるきっかけで、「この人は私と同じ考えだ!」と自分が思っても、その人と交流を深めるにつれて、全てがそうとは限らないと分かってくるのが自然です。むしろ「同じ考え」じゃないことの方が多いかもしれないし、そうすると、「この人と私は本当は違うんだ」なんて、それこそマイナスの感情で「線引き」をしてしまう。まぁ、気持ちは分からないでもないです。
「被災者か否か」という話は難しくなるので、レベルを落として、ふと思いついた事例を一つ・・・。例えば、友人でも職場の人でも誰でもいいですが、何か「大事な相談」を受けたとします。「こんな大事なことを自分に相談してくれるのか?じゃあ、ちゃんと答えないと!」と、「プラスの感情」を感じて、自分なりにマジメに相談に答えたとしましょう。すると、「参考にさせていただきます」的なまるで自動応答のような返事だけが返ってきて、その後、音信不通みたいになった時、「こんな対応ありえないんだけど?」と「マイナスの線引き」をするか。あるいは、「何か自分が悪かったのだろうか?」と「プラスの線引き」を「維持」しようと、自分自身を責めてでも頑張ってしまうのか。
このケースで言うと、プラスであれマイナスであれ「線引き」をすること自体が、自分で自分を苦しめる結果になっているんですね。だから、初手の段階から、プラスでもマイナスでもなく、聞かれたから答えた。相手の対応がたとえ「自動応答」的だとしても気にしない。だから、プラスでもマイナスでもない。お坊さんの自己啓発書にありそうなマインドですが、「線引きなんて初めからするもんじゃない」という姿勢の方がラクっちゃラクですね。
最近、芸能人だか芸人だか何やってんのか分かんない人が、「遅刻を責める人は能力が低い」的な発言をしてましたよね。まぁ、責めるかどうかはその人との関係次第な部分もありますが、私なんかは生理的に、「ダメだこの人。ありえないんだけど?」というマイナスな感情が沸くんですが、それをきっかけとして「自分自身の倫理観がはっきり見えてくる」というのはプラスの効果だと思っています。この芸人さんとは一生交流することはないし、どーでもいい存在なので、自分がその人の境界線の内か外かなんて気にもしない。だから私の中では、線引きという作業はここでは発生していないんです。自分自身を確認できたことは有難かったかな?とは思いますが。
「線引き」のよくないケースとしては、「世間の常識」を物差しにして、自分を責めてしまうことかもしれません。20代で年収うん百万円は常識でしょ?うん歳までに結婚してるのは常識でしょ?うん歳なら貯蓄がうん千万あるのは常識でしょ?等々です。その「常識」の内側のラインにいない自分は落伍者でダメ人間であると。このように自分で自分を苦しめている人がなんと多いことか。でもね、「無い」ということは、実は「有る」ということなんですよ。例えば、節約するために水道水を飲むことにした。すると、常温だったら東京の水道水って意外と普通に飲めるじゃん?と最近「発見」したのは、何を隠そうこの私だったりします(笑)。「無い」からこそ独自の発想が生まれると意外と楽しいもんです。
そうか、このお二人の哲学対談からはカネの話は出てこないな・・・なんて今さら気づきましたが、対談自体は今回で終わりで、次回は「まとめ」の最終回みたいです。今回かなりのボリュームだったので、2回ぐらいに分けても良かった気もしますが。
では、また明日!
Jun

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