前回の「最澄・空海」の配信が年末でしたから、竹田先生は多忙なんでしょうね。
摂関政治と言えば藤原氏。国風文化と言えば紫式部と清少納言。つまり、一昨年の大河ドラマ「光る君へ」の時代のお話です。
あのドラマはそこそこ見ていたつもりなんですけど、私の理解って、「藤原氏の権力が絶大で、国内の秩序が比較的安定していたからこそ、世界初の女性作家を輩出するような余裕があったんでしょ?」というようなものでした。
しかし、今回の先生の講義を聴いていると、たしかに「文化発展の前提条件としての政治」というのはあるんだけど、むしろ藤原氏が一時的に権力を離れた時期、具体的に言うと、菅原道真が重用されて、彼が遣唐使廃止を提言したことも影響していたようです。
以下、今回印象的だったことをまとめるとこんな感じです。
・摂政(天皇が子供あるいは女性の場合、天皇の職務を代行)と関白(天皇が成人男性の場合、天皇の職務を補佐)は、実はやってることは基本的には同じ。
・そもそも摂政は以前は皇族しかなれなかったが、866年の応天門の乱で力を持った藤原良房が臣下として初めて摂政になる。良房の子の基経が次の権力者になると、光孝天皇(55歳の男性)を立てて、基経が「成人の天皇を補佐する役」として関白を新設&初代関白となり、天皇に代わって意思決定を行った。
・基経の死後、光孝天皇の後継の宇多天皇は摂政・関白を置かずに、自ら政治の実権を握った。天皇が直接政治を行うことを「天皇親政」という。その宇多天皇が登用したのが菅原道真。道真の進言により、「唐の政治が不安定化・弱体化し、唐から学ぶものが無くなったこと。航海が危険であったこと」を理由に、894年に遣唐使の派遣を中止。
・平安時代後期、仮名文字の発展によって、和歌・随筆・小説が書かれるようになるが、遣唐使の中止とも関係がある。特に奈良時代までは「漢文で漢詩を読む」のが貴族のたしなみだったが(唐風文化)、遣唐使の中止以降、宮廷では建築・服装、そして文芸と日本的特徴を持ったものが急速に発展する(国風文化)。
・国風文化が発展した時代、男性が書いた随筆は無い。宮中では、男性は行政文書を漢字で書き残していたが、女性は仮名文字で日誌・日記をつけていた。仮名文字は女性が使うもので、仮名文字を使って和歌を読み、随筆や物語を書いていく。女性が文学を発展させていくという世界的に見ても全く例のない状況が発生した。
・ヨーロッパの宮廷では、文字の読み書きは貴族がするもので、しかも男性だけだった。他方、平安後期の日本では、宮廷では教養を持った女性が求められ、彼女たちの働く場所があったことも意味している。
・特に「源氏物語」はすごすぎる。人類の歴史上、最初の長編小説。男女関係無しに世界初の長編小説。ちなみに、「竹取物語」は作者不明だが、世界初のSF作品といえる。
学校で歴史の勉強をさせられていた頃、教科書での扱いがそうでしたが、「文化史はマイナー扱い」でしたよね。著者名と作品名を無理矢理覚えさせられた記憶しかありません。
しかし、今回の竹田先生の30分弱の動画で、政治と文化のダイナミズムをまざまざと感じさせられました。藤原氏が権力を維持するための摂関政治、その反発としての天皇親政期と遣唐使の中止。その後、紫式部や清少納言が出たきた頃って、藤原家がブイブイ言わせてた絶頂期で、摂政・関白がダブルで常設される「摂関常置」期ですけど、でも、文化発展の面では、その前提として、「反発」の時期を抜きにして語れない。
そう言えば、昨年の大河の「蔦屋重三郎」では、松平定信がある意味での「文化弾圧」をやったわけですけど、平安のこの時期にはそういう動きは無かったのかな?とは思いました。まぁ、あくまでも宮廷の中での話で、しかも女性がその発展の中心だったから、軽視されていたのかもしれませんね。
では、また明日!
Jun

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